ご当地中部の紅茶にまつわるエピソード

「11月1日紅茶の日」

三重県鈴鹿市白子港
三重県鈴鹿市白子港

神昌丸の船主“大黒屋光太夫”は、1782年江戸に向けて、白子港(現在の三重県鈴鹿市)を16名で出発しました。が遠州灘で暴風雨に合い、難破。そしてロシアに漂流。苦労に苦労を重ね、9年後に女帝“エカテリーナ2世”に謁見し、帰国を許された。大黒屋光太夫が、女帝“エカテリーナ2世”の宮廷お茶会に招待され、日本人として初めて本格的な欧風紅茶(ティ・ウイズ・ミルク)を飲んだのが1791年11月1日。このことから、11月1日を【紅茶の日】と日本紅茶協会が制定しました。1983年(昭和58年)のことです。井上靖「おろしや国酔行」や吉村昭「大黒屋光太夫」小説にもなってます。 

紅茶は、歴史を作る

「アヘン戦争」

アヘン戦争画像
アヘン戦争画像

【アヘン戦争】は、英国人の「お茶の飲みすぎ」が原因でおこった戦争でした。

当時、中国茶(当時はここでしか生産できなかった)の輸入がどんどん増えて、英国の銀が大量に清国(中国)に支払われていきます。

そこで植民地インドで栽培したアヘン(阿片)を清国(中国)に強制的に売りつけて、銀を戻す作戦を取ります。

清国(中国)側も「林則徐」を大使に任命し、抵抗したのですが、英国側は軍隊を

派遣して強引に戦争(1840年から)に巻き込み無理を押し通しました。

そして1842年に英国の勝利で終結。